収穫2024

気温も落ち着き、爽やかな風が吹くこの頃、丸瀬家ではついに今年も稲作のフィナーレ、稲刈りの時期を迎えております。
現在絶賛稲刈り中の様子を伺うとともに、今年の稲作を振り返りたいと思います。

大山の麓にて 晴天のもと進む稲刈り

聞き手 丸瀬家スタッフ菱谷
話し手 丸瀬和憲

菱谷
さて、稲刈りが始まって続々と作業が進んでいる様子だね。今年の感触はどうですか?

丸瀬
うん、1番注視しているのはイネカメムシの影響だね。去年からイネカメムシの被害が始まって、収量が半減した経緯があるから、今年はどうだろう…と。

菱谷
昨年の収量半減は衝撃ニュースだったね…
今年は実際に稲刈りしてみて、影響はどうだった?

丸瀬
今のところ、幸いにも例年の2.3割減という感触かな。ドキドキ。
この状況の中で、考えることはいっぱいあるんだけど、改めて重要な課題は「健康な稲」と「健康な土」をいかにつくるかという、その2点だな、と。

昨年の大幅な収量減を受けて、さて今年はどうするかという仮説を立てて、去年の稲刈りから今期の収穫に至るまで、新たなアプローチを試してきた一年でもあったね。

菱谷
具体的な取り組みとして、新たに試したものにはどんなことが?

丸瀬
まずは、昨年の稲刈り後に取り組んだ土作り。
重たく力の強いトラクターが圃場内で作業するという事で土中に硬盤層と呼ばれる、締まった硬い層ができてしまう。そのせいで植物の根っこも深くに入っていきにくいし、水はけも悪くなってしまう。
その解消のために「サブソイラー」という、土中に深さ30cm程度の切り込みを入れる道具を使って、硬盤層を破壊する。
水と空気を通しやすくすることで、微生物を含むあらゆる命が活性化することや、稲藁の分解を促進することが期待できる。

この大きな爪で大地を掻く
切れ込みを入れることで水と空気を通しやすく

菱谷
前回「大地の再生」の話を聞けたから、より水と空気の大切さをイメージできます。

丸瀬
次に苗作りのこと。
浸種といって、4月に種となる籾(もみ)を2週間前後水に浸しておく作業がある。これまでは桶に井戸水を循環させていたのだけど、今年は山奥の川に浸ける方法を試みた。これは、常温で水を循環させる事により、水温が上がり雑菌が繁殖し感染することや、発芽してしまうという課題があったから。川に浸ける事で大雨の時、流されるリスクや心配もあるけど種や苗を考えるとね。

そして品種。
これまでの「鳥取旭」「朝日」に加え、新たに「ヒノヒカリ」と「くまみのり」を試験的に植えた。無施肥でやっていけるのか、ここの気候に向いているのか、またはそのポテンシャルを感じられるか、そして美味しいかどうか…など、栽培と食味の観点から品種の選定をする感じ。

あとは田植えの前、田んぼに水を入れるタイミングを変えたこと。
例年だと10日前くらいに入水するところ、今年は1ヶ月前には入水を開始したんだよね。
水を早く入れることで、雑草も早く芽を出す。その間3回の代かき(水を張った状態で耕す)をする事でより雑草の少ない状態で田植えを始められる。
詳しくはまた今度にしよ笑

と、いろんな作業フェーズで新たな試みをいろいろとトライした一年だったね。

菱谷
例年以上に試行錯誤な年だったということだね。

丸瀬
イネカメムシの件は、収量のことを考えると歓迎できることではないけれど、自然界からのメッセージだなって。この地域として向かい合い続けなくちゃいけないと思う。
やっぱり健康な土と健康な稲。この視点っていうのは、ずっと考えていく課題だね。

菱谷
さて美味しいお米になるまでにはまだまだ作業が続くよね。
このあとどんな作業が待っているのでしょう?

丸瀬
稲刈りを終えたら、乾燥機で40℃以下の低音の温風でゆっくり乾燥させ、籾摺り(もみすり)機で籾殻を剥く。次に、小さいサイズの米を選別し、石抜き機(石を取り除く)、色彩選別機(虫食いなど変色した米を取り除く)を経て、最後にもう一度粒の大きさを揃えるために選別にかけて、やっと出荷できる状態に。

収穫を終えたら絶えず乾燥作業が進む

菱谷
長い道のり…!!

丸瀬
機械様様です。

菱谷
話を聞けば聞くほどに、こうやって時間と手間と想いをかけて、口にすることができるお米がなんと尊いものかと…感謝の思いでいっぱいになります。
みなさんもぜひ、丸瀬家の新米を楽しみにお待ちください!

輝くお米
鋭意稲刈り中!

編集後記

お米の販売も始まりました!

オンラインストア「丸瀬家商店」にてご覧いただけます。

今年のお米、是非ご賞味ください。

https://maruseke.theshop.jp

大地の再生とは?

前回の草刈りの話に続き、まるちゃんがここ数年関心を持って取り組んでいる「大地の再生」について、関心を持ったきっかけや、実際の活動についてインタビューしました。

聞き手 丸瀬家スタッフ 菱谷
話し手 丸瀬和憲

最近の食べれる森シュトレン敷地の様子 水路を広げています

菱谷
さて、まるちゃんとの話の中でたびたび耳にする「大地の再生」。
ホームページを拝見すると…

『造園技師・矢野智徳(やのとものり)が長年にわたる観察と実践のくり返しを経て見出した環境再生の手法を学び、傷んだ自然の環境再生施工と、この手法の研究・普及啓発をテーマに活動しています。』

とあるね。

具体的にはどんな活動なのだろう?と。

丸瀬
そうだね。ちょっと抽象的な話から始まることになるけれど、まずはこの考え方において重要な、水と空気について。
これらは別の物質のようで、分けられないもの、常に連動していて影響し合っている、という根本的な考えがある。

たとえば、ストローとか醤油さしとかを想像してみて欲しいんだけど、どちらも口を押さえて空気が通らないと、水も動かないじゃない?

菱谷
うん、ほんとだ、そうだね。

丸瀬

だから、水と空気ってそもそも分けられないっていうのがあって。常に連動して動いてるんだよ、っていうのがこの現象をイメージするとわかりやすいよね。

菱谷
イメージが湧きました。

丸瀬
次に、月と水の連動について。このことについては、昔の日本や今でもヨーロッパで行われる「新月伐採」という木の伐採方法を例に挙げるとわかりやすいんだけど…

菱谷
あまり聞いたことがないな、「新月伐採」とは?

丸瀬
満月から新月の日にかけて、木を伐採することなんだけど、その時期は木の水分が枝葉や幹から根へどんどん下りていくんだよね。
その時期に伐採された木は水分量が少ない。満月だとその逆で、木がいちばん重たい状態の時に伐採することになる。その結果、製材後の材木としての品質や寿命にまで影響すると言われている。

絶賛準備中の宿泊小屋は、新月伐採の材木をふんだんに使っているので、詳しくはまたその回で!

菱谷
へぇ〜!

丸瀬
と、すこし話が逸れたけど、つまりこのことからもわかるように、水や空気は天体の動きとかも連動して大地に関わるよね。

菱谷
壮大な連動…

丸瀬
まさに。
自分の身近な環境で考えると、大山のてっぺんから日本海までが全部連動して呼吸してるみたいな…そういうスケール感の中の一部に自分たちの田畑がある、ということ感じさせてもらえたのが、この矢野さんの伝える「大地の再生」で学んだ視点。

自分だけの田畑が順調になればいいというような視点から、 この地域全体の一部を自分たちは担っているんだという視点をもらえたのは、めちゃくちゃ大きな気づきだった。

菱谷
なるほど。

丸瀬
水と空気が滞りなく通ってるっていうところには、命が育まれる。例えば草、動植物、目には見えない菌だね。
水と空気が滞りなく流れていれば、そこに草や木の根がちゃんと通っていって、土壌をしっかり固定してくれる。そして、柔らかい。
その逆で、空気が滞っていると健全な根を張ることができない。すると、木とか山が本来持ってる保水力みたいなものが発揮されないよね。

そんな土壌の地表に雨が降り注ぐと、降った雨を吸うことができずに雨水は地表面を流れていく。すると地表がどんどん削られて、いつかは谷になり、大量の水が集まると、そこから決壊していく、ということになるんだよね。
そうならないために、土に水も空気もきちんと通しましょうっていうこと。

菱谷
とてもわかりやすかった!
そういえばこの「大地の再生」にまるちゃんが出会ったきっかけは何だったの?

丸瀬
近くの仲間たち(蒜山耕藝、前田造園)から、まるちゃんもきっと関心があるはずだよ、と講座に誘ってもらって。

菱谷
ここ「食べれる森シュトレン」の敷地でも、矢野さんをお招きしてワークショップで指導してもらったんだよね?

矢野さんをお招きした2016年

丸瀬
そうだね、6年ほど前かな。
店舗敷地やその周りの水と空気の流れを良くするために、2日間、のべ100人の参加者の方々と共に、溝…水脈というんだけど、その水脈を掘って、炭や枝葉を敷いていく作業をしたんだよね。

作業は大勢のみなさんと一緒に

菱谷
炭や枝葉にはどんな役割が?

丸瀬
炭には多孔質といって小さなたくさんの穴があって水や空気を通す役目があるし、枝葉は土の露出を防いでくれる。
全体として、呼吸できる場所を作るっていうイメージで作業を進めていく感じかな。

水脈を掘った様子

菱谷
風や水が通ると、その場所も生まれ変わるようだね。

丸瀬
一方、現代土木で作る水路で一般的なものに、コンクリートで作ったU字溝というものがあるけれど、それだと土を塞いでしまって水や空気が自由に行き来できないし、草も根を張れない。

いかに水を集約して早く流すか、という考えで敷かれるU字溝だけど、これも効率や生産性を追い求めた例の一つで、今の時代、世の中のあらゆるところが「集約」ばかりになってしまった。

菱谷
うんうん。都市部への人口過密も、ごみの集積も、すべて集約…

丸瀬
対して、自然界ってのは本来全部「分散」。

集約したコンクリートによって水の抜け道が行き詰まって起こる洪水を例にとっても、自然界においては水の逃げ道がいっぱいあることが望ましい。つまり「分散」だよね。

菱谷
集約と分散の対比、ハッとさせられます。

丸瀬
そしてこの「大地の再生」は一度やったらそれでおしまい、ではなくて、ずっと手を入れ続けることも必要。

菱谷
常に観察を続けながらその土地と付き合っていく、ということなんだね。
とても勉強になりました。

食べれる森シュトレン周りの大地の再生は続きます

編集後記
この「大地の再生」の取り組みがよくわかるドキュメント映画「杜人」は、1年前の春に食べれる森シュトレンでも上映して、よき学びの会となりました。
また、まるちゃんもメンバーの一員である「もりのわ」は、近隣の仲間たちと月に一度定期的に集い、周辺の土壌環境にアプローチする活動を行なっています。
関心のある方は、Instagramでも情報発信をしておりますので、ぜひご覧くださいね。

もりのわInstagramはこちら↓
もりのわ

草刈りの奥義!

さて、今回の話題は「草刈り」です。


くさかり…?ピンとこないかもしれないですが、土づくりにつながる重要な作業のひとつだということがインタビューを通して浮き彫りになりました。
草刈りの重要性を紐解いていった様子をお伝えします。

田んぼの畦を草刈りするスタッフだいちゃん

聞き手 丸瀬家スタッフ 菱谷
話し手 丸瀬和憲

菱谷
先日もブンブン!と草刈機が大きな音を立てて敷地の草を刈っていましたが、現在はどれくらいの頻度で草刈りをしているの?

丸瀬
3月から10月の間に6〜7回は刈ってるかな。
シュトレンの敷地や河川敷周り、そして田んぼの畦の草の管理を目的に、それらの敷地を1週間くらいかけて刈っていく感じだね。

菱谷
農作物の管理とともに労力の要るミッションだね。そもそも、草刈りをする目的とは?

丸瀬
そうだね、はじめは柔らかく丈の短い草だけだった場所も、放っておくと固くて背の高い草に覆われていく。そうすると、病害虫や動物の棲家になって、そこに住む生き物の個体もどんどん大きくなっていくから、農作物への悪影響が懸念される。

放置が続くと草が背丈を伸ばして日陰ができて、日当たりも風通しも悪くなり病害虫の温床になってしまう。
しぶとい根も張って荒れた土地になってしまうんだよね、それを防ぐことが目的。

あとは景観の問題。草を刈って景観を美しく保つことも必要だよね。

菱谷
なるほど。病害虫の温床を作ってしまうと農作物にも悪影響を及ぼしてしまうということか。

丸瀬
だから、草刈りは必須なんだけれど、とても労力がかかる。時間も人件費もかかるし、草刈機など機械の維持管理コストも。
だから人によっては除草剤をつかったりコンクリートで固めるという手段で草の管理をするんだけど…そうすると、草は生えなくなる一方で、生きた根がなくなってしまう。

菱谷
そうなると、どんなことが起こるの?

丸瀬
土がもろくなっちゃうんだよね。
地形を固めてくれているのは、草の根のおかげだから。

菱谷
土が崩れやすくなるということ?

丸瀬
そうだね、草が生えていれば、大雨が降っても、草の根のパイプを使って水が地下に浸透するのが促される。根が土を支えているから決壊せずに水を吸収してくれるんだよね。

菱谷
支えがなくなってしまうのか。

丸瀬
そう。あと、少し話は逸れるけど、植物がいかに土を作るかという話をすると、まず、人間はトラクターで耕しても2、30センチしか耕せないんたよね、だから土作りと言っても、その深さしか関われない。
でも、作物にとって必要なのはもっと下層部だから、その層を育もうと思ったら、やっぱり化学肥料とか有機的な肥料を上から施してる限りは育まれにくい。
生きた根をどれだけ大地の深いところに届けていくかを積み重ねることで、未来の世代が「この田畑、なんかよく取れるね」って、恩恵として感じることができる、みたいなね。

菱谷
草や根がどれだけ大切かを考えさせられます…

食べれる森シュトレンの敷地の一角

丸瀬
草が太陽熱を遮光して、土の地肌を照らさせないっていう役割も、土を砂漠化させないことに役立っているしね。
厄介者扱いされがちだけど、きちんと管理して関わるべき「草様様」なんだよね。

菱谷
まさに草様様!根っこのことや土のことをもっと聞きたいので、次回さらに話を深掘りしましょう!

丸瀬
いいね、土の話、掘り下げてみよう。「大地の再生」について、話そうか!

編集後記

…ということで、草刈りの話を皮切りに、さらに話の枝葉が広がりそうです。

様々な環境破壊の原因ともされる「水脈・地脈の分断」。これらを繋ぎ直して、その土地の自然と人間の共存を目指した環境再生施工「大地の再生」について、詳しく聞きたいと思っています。お楽しみに。

丸瀬家の金胡麻

こんにちは。丸瀬家スタッフ菱谷です。

9月に入り、丸瀬家では商品のひとつ「金胡麻」の収穫を終え、現在絶賛乾燥中。まだまだ作業が続きます。

この金胡麻、実は国内自給率0.1%しかない農作物。
さらに自然栽培のものとなると、大変希少性の高いものなのです。

収穫の様子

晴れ間が続けば1週間ほどで乾燥を終えて、脱穀。その後、ふるいと唐箕を使って、異物と胡麻を選り分け、さらに水の中に入れて胡麻を洗いながら小さな石などの異物を取り除くと…ようやく胡麻だけの状態になります!

天日で乾燥した後、色の良い胡麻だけを選り分けるべく、色彩選別機を経て、いよいよ袋詰め。こちらは以前からお付き合いのある近隣の福祉作業所「あかり広場」さんに依頼しています。
そしてやっと商品に…!

と、ここまでが9月中旬以降に控えている収穫後の作業となりますが、
今回のインタビューでは、
「種まきから収穫まで」について、さらに「胡麻を栽培するようになったきっかけ」を聞きました。

収穫前。こんなにも背が高くなります

聞き手:菱谷(丸瀬家スタッフ)
話し手:丸瀬和憲

菱谷
今年の収穫が終わり、まだまだ続く胡麻の作業の渦中ですが、栽培のことについてインタビューさせてください。

そもそも、胡麻を栽培しようと思ったきっかけは?

丸瀬
就農前、岩手の農園「ウレシパモシリ」で自然栽培の農業研修を受けていたんだけど、そこで黒胡麻の栽培に触れていたことが最初のきっかけだね。

農家として、自分がどんな作物を世の中に届けるのか、需要の側面も含めて」検討していた時に耳に入ったのが、自然食販売店の「ナチュラルハーモニーのスタッフの方が言っていた「自然栽培の胡麻が本当に少ない」という話。
昔は鳥取のこのあたりでも農家さんたちは胡麻を自給していたと聞くし、研修先で胡麻の栽培に触れていたこともあって、これはひとつやってみようと。

菱谷
なるほど、そんな経緯で胡麻の栽培を始めたんだね。そして今年で何年目に?

丸瀬
2013年から始めたから、今年で12回目の収穫になるね。種もずっと継ぎながら。

菱谷
12回の自家採取!丸瀬家の胡麻は、年々この土地に馴染んで育っているということだね。

胡麻の栽培は、研修先の方法に倣って始めたの?

丸瀬
そうだね、もちろん学んだことをベースにしつつも、例えば、「胡麻の種まき」という部分だけにフォーカスしても、「育苗してから畑に植える」のか、それとも「畑に直まきする」のか、と方法が分かれる。
どちらにもメリットデメリットがあって、どんな選択をするのかは、それこそ、それぞれの農家さんの生き方すら現れるようなもので、自分もこれまで栽培しながら検討を重ねてきた。

菱谷
今は直まきをしているよね、わたしも6月にパラパラと胡麻を土の布団の上に蒔かせてもらいました。

土を優しく被せます

丸瀬
過去にはビニールハウスで育苗していたこともあるんだけど、苗への水やりだったり、ポットから繊細な苗を取り出して畑に植え付ける作業は、なかなか手間も技術も必要。

自分は胡麻だけではなく、並行して稲作や他の作物も栽培する中で、胡麻の栽培には一体どれくらいのエネルギーを注げるか、というところも見極めながら、研修先では使っていなかった「マルチ」という草避けや保温目的のシートを畝に使ったり…色々試しながら今の栽培方法に至る感じだね。

菱谷
今年の胡麻の生育はどうだった?

丸瀬
この夏の暑さに胡麻たちもやられてたね、例年より背丈が低くて…つまりは収穫量減にも直結している。
こういう現状を受けて、「土づくりへの課題」をひしひしと感じるね。
いい土というのは、「水はけが良くて水持ちがいい」。相反するようだけどね。

菱谷
つまり、保水力が高い土であれば、暑い夏にも耐えうるということ?

丸瀬
まさにそう。
自分たちがどうやって関わればいい土になるかっていう、「土が育まれていくプロセス」が、自然栽培のなによりも面白いところだなと思っているから、まだまだ追求は止まないね。

菱谷
具体的な土へのアプローチとしては、どんなことを考えているの?

丸瀬
背丈の高い草は収穫の際に機械に絡まって作業の効率低下に繋がってしまうから、除草したいところなんだけど、例えば、今までやってきたような耕うん機で畝の草を根こそぎ取る方法ではなくて、地上の部分だけを刈り取れば、土の露出が減って乾燥を防げるかな、とかね。
緑肥という背丈の低い草の種を蒔いて、背の高い草が生えることを防ぎつつ、その緑肥で土の表面もカバーするような方法もあって、よさを感じる反面、その種は輸入に頼っていたりする側面を見ると、自分がそれを選択するかどうかは…今のところクエスチョン。
試行錯誤は続くね。

菱谷
胡麻の栽培の話をしていても、やはり行き着くところは「土づくり」。
そこに面白さを感じながら試行錯誤するまるちゃんの話、今回もとても学び多きインタビューとなりました。

編集後記

日々の料理で決して主役になることはなくとも、さまざまな料理に和えたり混ぜたりすることで、その香りと食感によって最高の影の立役者となる胡麻。

国産や地元産、そして農薬に頼らない食品を出来るだけ選ぶことを可能な範囲で続けていきたい、と考える一消費者にとって、貴重な胡麻の栽培をしているまるちゃんにこれからも胡麻を届けてほしい、と願います。

番外編 お話し会をひらくまで

聞き手 丸瀬和憲
話し手 丸瀬家スタッフ 菱谷

丸瀬
前回に引き続き、スタッフはるちゃんにインタビュー。

来る8月6日に、高知より、環境に配慮した暮らしをされながら、雑誌やテレビなどのメディアでもお見かけする、服部雄一郎さん、麻子さんご夫婦をこの場にお招きしてお話し会を開催することになりました。
この件の企画立案の想いや、それまでの経緯をはるちゃんから聞かせてもらえたら。

そもそも環境に配慮する暮らしには、どんな風に関心を持ち始めたの?

菱谷
きっかけは5年ほど前、福岡に住んでいた頃に友人が段ボールコンポストを始めたことに興味を持って。自分も自宅で段ボールコンポストに挑戦したんだよね。

丸瀬
生ごみを土と混ぜて堆肥化するんだよね。ゴミを減らそうと?

菱谷
そう、やってみたいなと。
同時期に、「ゼロウェイストホーム」や、「プラスチックフリー生活」の書籍も読んで、すごく面白い!と。

あとからこの本の訳者が服部雄一郎さんであることを知るんだけど、前述の友人と、雑誌「暮しの手帖」に服部さんの暮らしの様子が掲載されていた記事を見て、こんな方なんだね、と知ったのが最初だったような記憶。

丸瀬
友人に影響を受けてエコアクションにも関心を寄せていったんだね。
そして山陰に服部さんご夫婦がお話し会で来られたのに参加していたよね。
お会いしたのはそれが初めてだったのかな?

菱谷
そう、2022年の秋のこと。関心を広げて服部さんの訳書やご著書も一通り読んでいたから、とにかくお会いできる機会があるということに興奮で!
ワクワクしながら参加したのを覚えている。
ペンと書籍を持参して、サインしていただこうと前のめりに笑

丸瀬
お会いした印象はどうだった?

菱谷
直に話を聞いて、書籍を読んで感じていた柔軟な姿勢をさらにリアリティを持って感じたし、明るくて朗らかな2人のパーソナリティに触れてますますファンに。

丸瀬
そこから、今回ここでのお話し会を開催するまでの道のりには、どんな風なやりとりがあったのかな。

菱谷
初めてお会いした時、会話する中で麻子さんが「寝袋持ってますか?」と。
「え?!ね、寝袋??」とキョトンとしてしまったんだけど、気軽に泊まりに、ぜひ高知へ遊びにきてくださいねということで、もうびっくり。
初対面の自分にそんな風に話しかけてくださったことに驚きで。

その後、メッセージやインスタグラムの投稿を介してやりとりする中で、おふたりが手作りのジャムや庭で採れたものなど、手元のものを美しく包んで送ってくださったり…
あこがれていた方とこんな風なやりとりをしていることが本当に信じられない、というところから、お互いを知り合う時間を経て、あぁ、本当に高知にお邪魔しよう、と決意して、勇気を持って会いに行きたいですと伝えたのが今年の春。

丸瀬
緊張しながらの投げかけだったんだね。

菱谷
本当にドキドキしながら。でも飛び込むような勢いで。
そして本当に温かく迎え入れていただいて、春休み中だったふたりの小学生の子どもたちと一緒に、すばらしい時間を過ごさせてもらいました。

丸瀬
そして今回のお話し会の開催に至るんだね。

菱谷
まるちゃんはわたしが服部さんのファンであることを知ってくれていたので、いつかシュトレンにお呼びしたいねと兼ねてから話してはいたけれど、もちろん自分が橋渡し役になるとはまったく想像もしていなかったわけで。丸瀬家として、いつかの機会にお話し会の依頼を持ちかけることできれば、というイメージだったけれど…

今回、自分自身がこの件を依頼させていただいて、これまた本当に緊張して、どんな企画にしようかと色々考えた。でも、会のイメージはスルスル湧いて、ワクワクもして!

丸瀬
いざこの企画を立ち上げようとなった翌日には、企画書書いてきたもんね笑
そのときのはるちゃんの目はキラキラしていたよ。

菱谷
やるからには、きちんとやりたい。
自分のやりたい気持ちだけじゃなくて、この会を形にしようという皆の期待にもちゃんと応えて、なにより雄一郎さんと麻子さんにとってもいい機会にしたい!
そんな思いで走り出したかな。

丸瀬
そして無事、開催が決定。本当にうれしいね。
今回来ていただける方には、どんなことを聞いてもらいたい?

菱谷
環境問題に関心がないことはないけれど、なにをどうすればいいのか、いまいちピンと来ていないという方でも、まずは現状を知って、ひとつでも自分がしたいアクションが見つかるといいなと思う。
それから、すでにいろいろなアクションを起こしている方の中には、あれもこれもやりたいけれど、現実との折り合いでうまく行かないこともたくさんあるかもしれない。わたしがそうであるように。そんなときには、この現状をどう捉えるかという見方を得て、視界が広がったらいいなと思う。
Howtoだけが得られることではないはず。
雄一郎さんと麻子さんからもらえるエネルギーはきっと計り知れない!

丸瀬
はるちゃんにもうまくいかないジレンマがあるんだね。例えばどんな?

菱谷
例えば…プラスチックのものをできるだけ買いたくない自分の気持ちとは裏腹に、家族はペットボトルの飲み物をサラッとコンビニで買っちゃったり。使いたい洗剤の好みが分かれて、家族からは香り付きの洗剤がいいと言われるのを拒否したり。コンポストも虫が出るのが嫌だ!と自宅では使用許可が降りません笑
などなど挙げればキリがないけれど、モヤモヤしていたときに服部さんから受け取った「できることをできるときにやる!」という考え方が自分を楽にしてくれたこともあり、今は家族がハッピーであることを最優先事項と捉えつつ、自分の思いも家族に伝わるように努力していたい、そんな感じかな。

丸瀬
はるちゃんもいろんなフェーズを経て、今も関心を持ち続けているんだね。
お話し会はまだあと少しお席をご用意できるから、興味のある人はぜひ参加してもらいたいね。

菱谷
いい会にします!

丸瀬
ご参加のみなさま、どうぞお楽しみに!

番外編 丸瀬家スタッフ紹介

ブログにて不定期にお伝えしている丸瀬和憲へのインタビューですが、今回は聞き手と話し手を交代!

“丸瀬家の中の人”紹介第一弾として、スタッフの菱谷(愛称はるちゃん)にインタビュー。在籍3年のはるちゃん、どんな人物なのか深掘りしました。

左 聞き手:丸瀬  右 話し手:菱谷 ゴマ畑にて


丸瀬
いつもと視点を変えて、丸瀬家のスタッフのことを丸瀬が深掘っていく回!
はるちゃんと丸瀬家との出会いや、日常とか仕事、考え方、どんな風にこの先のこと考えてるのか…などを掘っていけたらいいな。
まずは、わたしたちの出会いを振り返ると…


菱谷
3年前に米子に引っ越してきて、「食べれる森シュトレン」のお店の存在を知った。

はじめて行った日はカフェで食事して、開催していたえみおわすの服の展示会も楽しんで。その時、お店にいたまるちゃんといろいろ話をしたんだけど、流れで、じゃあうち手伝ってよ、と、さらりと声かけてもらって。


丸瀬
そうそう、後日、えみおわす展の最終日にも来てくれたよね?

菱谷
そのとき、丸瀬家のホームページのブログを読んだ感想も伝えたね。

過去の記事をいろいろと読み進める中で、まるちゃんが、「国語、算数、理科、畑」みたいに、子どもたちに畑のことも日常的に学んだり体験してほしい、という思いがあることとか、それを体現するような幼稚園を作りたいという思いを読んで、すごく素敵だなぁと思ったこととか。


丸瀬
そんな話をしたね。ちなみにそのとき仕事は探していたの?



菱谷
具体的にはまだ探していなかった。
でも、役に立てることがあるならぜひ関わりたいと、気がつけばここでの仕事も始まっていて。

丸瀬
今に至る。家族ぐるみで付き合いも深まってね。

菱谷
そうだね。それもとっても嬉しくて。

丸瀬
はるちゃんとひっちゃん(夫)と、自分は同い年だったし。

菱谷
そうそう。それもなんかすごく縁を感じて。

働き始めてからのこと

丸瀬
それからいざ働き始めて、感じることや気づくことはあった?

菱谷
まるちゃんとゆかりさんはお店をされて、自分たちのなりわいを持っていて、信念を持って仕事をしている。自分が関わったことのないフィールドで生きている人たち、というという印象で、

対して自分はそういう世界に触れたことがなかったから、うまく言えないけど、関わらせてもらうことに恐縮というか…

丸瀬
距離感を測っていたのかな?はるちゃんやだいちゃん(丸瀬家スタッフ)の真面目さがそうさせるのかもね、しっかりわきまえるっていうか、きちんと相手との距離感を測って接するところがあるよね。だから信頼感も生まれるんだけど。

菱谷
真面目さ…それは時としてあだとなる。

丸瀬
自分は真逆で、気づいたら相手のお膝の上にいるタイプ。

菱谷
それそれ笑 うらやましい〜

丸瀬
けど、今はわたしたちにそんな壁や遠慮はないでしょ?

菱谷
うん、もちろんない。
関わりを深める中で、まるちゃんとゆかりさん、それに、その周りのすごく魅力ある方たちとの繋がりもここで与えてもらって、感じることは…語弊を恐れずに言うと、みんな魅力をまとった、ただの”人”なんだということ。

誰もが家族や暮らしという日常があって、そこに理想と現実のいろんな葛藤があることを、関わる人と触れて話して距離を縮める中で、知ることになった。

そういう経験を通して、恐縮することなく、どんなときでも、だれかやどこかに関われたことをラッキー!だと思って関わる。その人や場所からもらえるエネルギーをひたすら自分はもらう。そして自分が今、その人や場所に還元できるものはすべて差し出す。
そんな価値観を持つことができた気がする。

だから、今度お招きできることになった服部雄一郎さん麻子さん夫婦にも、勇気を持ってお声がけできたのかもしれない。
(この話はまた次回に)

普段はお菓子の作業がメインだが、たまに畑で作業することも


価値観の変遷

丸瀬
そういう気づきや価値観は、これまでにはなかったということ?

菱谷
今までいいなと思うものは、扉の向こうにあるっていうか、本の中やネットの中、遠くにある感覚だったけど、
まるちゃんたちと出会って関わり始めてから、 自分の好きなことや興味関心があることが、毎日の中にあると実感できて、そういう日々を嬉しいと思っている。

丸瀬
ここに来る前は福岡にいたり、奈良に住んでたこともあるんだよね。
今のはるちゃんに触れてると、これまでもいろんなことに向き合って、楽しみながらやってきたんじゃないかというイメージがあるんだけど、これまではどうだった?
これまでの人生にターニングポイントはあった?

菱谷
自分の子どもたちが関わった幼児時代の園のスタンスがすごく自分にしっくりきて、その経験がひとつのターニングポインかな。

丸瀬
確か、さくらさくらんぼ保育という…

菱谷
うん、その保育の下で過ごせた期間の影響はすごく大きい。

その保育に関わる前…20代の頃は、ファッションが好きで、雑誌を読み漁って流行りのスタイルを眺めたり、服を買うことも好きで。
スタバでお茶するのが癒しだったし、興味の矛先は流行り服とか化粧品だった。

丸瀬
へえ!今では想像がつかない。

菱谷

そんな中、断捨離に興味を持って。そこで一気に手持ちの服や物を減らした。関心が高まって、 整理収納の資格の勉強をしたり、それぐらい興味を持っていた時期があった。

丸瀬
洋服を買うことも好きだったんでしょ?

菱谷
でも、ものを増やすことに抵抗を持つようになった。減らすことが大変だったから。

丸瀬
そこに現在のはるちゃんの価値観に行き着く源流がありそうだね。

菱谷
確かにそうかもしれない、
あるものを大事に使うとか、 今となっては自分にとってあたりまえともいえる感覚のことを、全く意識せずに暮らしてたから。その「断捨離」も、ひとつのターニングポイントだね



丸瀬
断捨離のことを経て、そこからマインドがちょっとずつ変わって、さらに大きく影響したことのひとつが、最初に話に出た子どもの幼稚園のことなのかな。

菱谷
うん、そうだね。
保育園とか幼稚園って子どもための施設ではあるけれど、わたしはそこで自分自身が学んだことがとても多かった。
そこでは、子どもを中心に、大人はどうすればいいのかを学んだ。
子どもの育ちが全てという考えのもと、何を食べるか、どんなものに触れるのかをきちんと考えて選ぶ。早く寝てスッキリ起きられるよう生活時間を守る。暮らしの中のいろんな部分で大人の都合をできるだけ子どもの都合に合わせていく。
総じて、生活のあり方を整えて行きましょうっていう大きな枠組みをもらった。
それを受けて自分たちは、そうしたいという意志と、それができる環境が伴って、園生活を送ることができた。
結果、子どものためにもなっただろうけど、親であるわたしたちも、これから自分たちが大切にしたいことが明確になった。

これからのこと

丸瀬
家族としての学びがそこにあったんだね。はるちゃんの20代から30代にかけての興味の矛先の変換がとても興味深かった。
じゃあ最後に、これからの夢とかはある?


菱谷
夢か〜…わたしにはこれまで夢と呼べるものがなく…それでいいのだろうかと夢のない自分にがっかりすることもあったけれど、
今描く自分の将来の姿は…

これから成長する子どもたちの手をちゃんと離して、自分の好きなことを楽しんでやる。そんな姿が子どもたちにもいい影響を与えられる…というイメージかな。

丸瀬

親の姿だけじゃなくて、子どもにとって身の回りにいるいろんな大人の姿が魅力的だといいよね、大人っていうのは子どもたちみんなにとっての大人だから。

菱谷
それすごい大事だと思う。
そんな大人になれたらいいなぁ。
ここでもっと精進します!!

丸瀬和憲が農家になるまで

今年の田植えが無事完了し、息つく間もなく胡麻や麦の作業も並走するここ最近の丸瀬家です。今回のブログでは、丸瀬家の人、丸瀬和憲がどんな経緯で自然栽培農家になったのかをインタビューしました。

話し手 丸瀬和憲(以下丸瀬)

聞き手 丸瀬家スタッフ菱谷(以下菱谷)

2013年新規就農した当時。指には自然栽培2年目頃まではたくさんいたゴマムシ達。

菱谷

結婚を機に「丸瀬家」を立ち上げた、農家の丸瀬和憲さんとお菓子屋の由香里さん夫妻。

そもそも、農家になったきっかけは?

丸瀬

農家になる前は、長期間ヨーロッパの各国(イタリアのフィレンツェや、オーストリアのウィーンなど)に滞在して、革の鞄を制作していたんだよね。

そこで暮らしている頃、2008年にリーマンショックがあった。

暴動があったり街が混乱してる状況で、鞄を作って自分のやりたいことやっていたんだけど、かたや現地の同世代の友達はアルバイトの仕事もないよ、というような状況にあって。

そんな中で、自分が鞄を作っていくことで本当に人を幸せにできるのか、みたいなことを感じるようになったんだよね。

菱谷

それぐらい、現地のリーマンショックの影響は大きかったっていうこと?

丸瀬

そういう混乱した国に住んでたことないからさ、ストライキがバンバン起きたり、同じ世代の学生の子たちにアルバイトがないみたいなのは信じられないわけよ。だってその辺にカフェやバーはいっぱいあるのに仕事はない。日本では考えられないよね。

彼らの言語ってすごい元気で明るいからさ、ラテンで、メロディックで。だから、彼らの話す声だけを聞いてたら、何も混乱してない印象なくらい明るいの。でも話している内容の意味を理解すると深刻なもので…

そうしているうちに、今まで考えたことのなかった、お金や社会についてとか、自分の人生についてとかを考えるようになった。

お金ってなんだろうとか、お金なかったらどうやって生きていくんだろう、とか。

生きるとは?死ぬって何?とか、 色々考えるのが初めてだったんだよね、多分、人生で。

菱谷

そこから「農家になる」というビジョンへ、どのように繋がっていったの?

丸瀬

考えを巡らせる中で、もっと多く困ってる人の命を助けるには自分に何ができるんかなっていう視点になって。

世の中がこんなに乱れて、 仕事もお金もなくなりましたってなったら、どうなってくんだろうなって考えたら、 「いや、とりあえず食べときゃいいんじゃないの⁉︎」みたいなことを、考えるんだよね。

みんなが困った時には、結局はまず食べ物が必要なんじゃないの、って。

で、そこに自分の「もの作りの欲求」を重ねたら、自分の欲求を満たしながら、 多くの人を幸せにすることができる…もう究極はそこなんじゃないかって思ったんだよね。

ずっともの作りが好きな自分はあって。こういうことを考え始めた時に、初めて野菜作りとか米作り、農家のことが、もの作りの対象に見れたっていうか。

「農業もものづくりじゃん!」っていうのは大きな気付きだったかな。

あとは、イタリアとかの文化では、スローフードの考え方や、アグリツーリズムっていう、農業を観光化するような農村体験とかがポピュラーで。

日本では農業のことにアンテナ張って生きてこなかったから感じ取れてなかったんだけど、延べ3年くらいの長いヨーロッパ滞在の中でファームステイもする中で、リアルな農家さんの営みに触れて感じたのは、「全然日本と違うな」っていういい印象を持った。

菱谷

農業や農家に対するイメージがガラッと変わったんだね。

鞄作りへの未練というか、手放すことへの不安や惜しさはなかったの?

丸瀬

どんな人にも本当は自分の作った鞄を持ってほしいと思っていたけど、世の中が混沌として、カフェのバイトもないっていうような人たちを目の当たりにして、そんな状況の人に鞄を買ってもらいたい、使ってもらいたいと思っても、そりゃ無理よね、と。

経済的に混乱した状況になってでも買う人はどういう人かというと、もうそれなりにお金を持ってるような人たちだと思うんだけど、

じゃあ、自分はほんとにその人たちにだけに届けたいのか、とか、

美術館に収蔵してもらうようなアート作品を 作りたいのか、みたいなことを考えると、それは別に今じゃなくてもいっかな、と。

菱谷

今自分がやるべき、そしてやりたいエネルギーが湧いてくるのが、その状況下でピンと来た「農業をする」ということだったんだね。

丸瀬

いろいろ考えを複合的に巡らせる中で、農業を始めることを決めた。

でも、今せっかくヨーロッパにいるから、いろんな農家さんを見たり、海外で農業やることも視野に入れつつ、旅する中で農地を探すことも考えてた。

そんな中で思い立って、自転車を買ってヨーロッパでの1年半の旅に出たんだよね。

自然栽培農家へのきっかけをくださったナチュラルハーモニー代表 河名 秀郎氏と就農12年目の僕

菱谷

と、ここで話を一旦区切りまして、この先の話はいづれ「丸瀬冒険記」と題して、別の記事でたっぷりご紹介したいと思います。(編集し甲斐のある、ロングなトークになりまして)

鞄を作ることを手放し、ヨーロッパから帰国後、農業への道に舵を切った丸瀬和憲。

岩手県の「自然農園ウレシパモシリ」という場で自然栽培を学び、故郷である鳥取県米子市で農家としてのスタートを切ることになります。

なぜ今の道を選び、生業としているのか。興味深く話を聞かせてもらいました。

まだまだエピソードが尽きないこれまでの経験について、またこの場で記事にしてお伝えしたいと思います。

今年の田植えが始まります!〜丸瀬家のお米のこと〜

しばらくぶりのブログ更新となってしまいましたが、さて6月になり今年の田植えが始まりました。

丸瀬家というと、お店にいらしてくださる方にとってはお菓子を販売していたりカフェのイメージが大きいかもしれませんが、丸瀬夫婦の夫、丸瀬和憲さんは米農家!

毎年美味しいお米を作り今年で就農12年目。

ということで、なかなか普段は見えにくいお米づくりのことをご紹介したく、満を持してお米作りのことをインタビューします。

播種前 種籾を川の水に浸ける

聞き手:丸瀬家スタッフ菱谷(以下 菱谷)

語り手:丸瀬和憲(以下 丸瀬)

丸瀬

お米のこと。そうだね、一般的なものと比較して何がうちの特徴なのかというと、

「自然栽培」っていう、肥料、農薬を使わない農法で作っていること。

農薬使わないっていうのは割と一般的なんだけど、肥料を使わないとなると、動物性、植物性、化学肥料のどれも使ってないよっていうのが特徴かな。

菱谷

世の中的に流通している「オーガニック」っていう言葉から連想するのって、農薬を使っていないというのが一般的な認識としてありそうだけど、まるちゃんの言う「肥料を使わない」っていうのは、あまり一般的ではないイメージ。

丸瀬

そうだね、肥料を与えないと作物ってできないんじゃないかっていうのがあるんじゃないかな、と。ほんとにできるの?それって育つの?みたいな。

菱谷

そうそう。

丸瀬

はるちゃん(聞き手 菱谷)は、多分菜園で野菜を作ることにも関心がある人だから、 肥料なくてもできるの?みたいな質問がぽんと浮かぶと思うんだけど、まあ本当に、できる 。自分が知ってる人で1番長く自然栽培をされている方だと、40年以上自然栽培で作物を作っておられる。この実態が日本にあるっていうのは、 この栽培方法ができるっていう事実に疑いようがないっていうか。

菱谷

長く確立されている農法なんだね。

丸瀬

うん、そしてその野菜はおいしいし、美しいし、自分も目指したいなっていう。

菱谷

なるほど。無農薬っていうと、農薬を使わずに作られた農作物を選ぶことで身体への悪影響を避けることとか、環境的にも配慮されているっていうイメージを持つんだけど、一方、肥料を与えないことで、どういう「いいこと」があるのかな。

丸瀬

分かりやすく言うと、虫が来ないよ、ということ。

多くの農家さんはみんなわかってるんだけど、肥料を与えると虫が来る。だから、農薬が必要になる。

菱谷

ほぉ。

丸瀬

だから農薬が先に作られるわけじゃなくて、いっぱい獲りたい早く獲りたいから、肥料をあげる。そうすると虫が来るから、薬を撒こうっていう流れなんよね。

つまり、肥料やらなかったらどうなるのかっていうと、ま、虫が来ないよねっていう。

ただ、肥料をやらないから、その分作物の生育がゆっくりになるし、多くの畑では収量が落ちる、みたいなことは起きる。

自然栽培で育つ作物は、基本的には生育が遅いし、小ぶりになることもあるんだけど、やっぱ、詰まってるのよ、細胞が。だから、傷みにくかったり、味が美味しいとか、 料理人さんとかが言うのは、包丁入れた時に全然違うねって。

肥料はね、窒素が主な成分なんだけど、窒素の役割っていうのは1個1個の細胞を水ぶくれさせて、実を大きくさせるという成分の特徴があって。だから肥料(窒素)をあげると、作物の見た目が大きくなるよね。

それらの作物の細胞は本来の細胞よりも大きくなっちゃったものだから、その細胞が弱い。そうすると、虫も来やすいとか、病気になりやすい、みたいな感じ。ざっくりと。

だから農薬と肥料っていうのは、切っても切れない関係で。

自然栽培っていうのは、そこの負の連鎖を断ち切って作物を作るっていう栽培方法のことかな。

菱谷

なるほど…自然栽培っていう農法の大筋がわかった!

丸瀬

農薬も肥料も使わないよってなったら、その栽培方法で喜ぶ品種を選んであげないといけない。

その環境で育つものが、いわゆる在来種とか固定種と呼ばれる、肥料設計とか農薬設計されていない種なんだよね。

菱谷

なるほど、そういったことを踏まえてこの土地にあったお米の品種を選んで作っている、というわけだね。

丸瀬

そう、それが「鳥取旭」。

田植えのときを待つ苗たち

菱谷

この品種を選ぶのは、スムーズだったの?

丸瀬

いや、ここにいきつくまでに4年かな。試行錯誤の期間だった。

今でも、もちろんね、試行錯誤は続いてるんだけど。

菱谷

やっと辿り着いたお米なんだね。この「鳥取旭」の特徴は?

丸瀬

大粒で、さっぱりした味わい。鳥取では戦前から食べられていた品種。

この土地ではめっちゃポピュラーだったから、鳥取県民の上の世代は食べてるんじゃないかな。ところが今は、知っている限り、鳥取旭を作っている農家さんは3件ぐらいじゃないかな。

菱谷

希少な品種のお米なんだね。わたしも毎日まるちゃんの作った鳥取旭を食べているけど、言う通りさっぱりしていて、どんなときでも食べたくなるお米。炊き立ては特に最高。今年の販売はまだ先になるれど、販売についても少しご案内を。

丸瀬

基本的には新米の販売開始は10月末から。お店を開ける際には「食べれる森シュトレン」でも買えるし、 丸瀬家のオンライン商店でも。在庫がいつなくなるのかはその年の出来高次第で変わるかな。

収穫時期になったら、またInstagramやブログを通して案内します。

毎年助っ人のみなさんのお力添えのもと進めています。感謝!

菱谷

そしていよいよ田植え2024幕開けですね!順調に進みますように!

田植えの様子などは丸瀬家のinstagram でも随時お伝えしてまいります。

そちらも是非ご覧くださいね!

苗床 ここから各田んぼへと旅立ちます

人参ジュース2024できました!〜人参作りのはなし〜

丸瀬家スタッフの菱谷です。

4月になり、丸瀬家の商品のひとつ、人参ジュースの今年の販売が始まりました!2年ぶりの販売です!(経緯はインタビュー本編にて)

いくらでも飲めそうな飲み心地とスッキリとした味わいの人参ジュース、わたしも大好きなのですが、そもそもお米をメインで作っている中、人参を育て始めたきっかけとは?

話し手 丸瀬(以下M)

聞き手 菱谷(丸瀬家スタッフ 以下H)

H

ということで、お米を作る傍ら、人参を栽培し始めたきっかけを聞かせてもらえますか?

どうして人参を栽培しようと?

M

いい質問。

自然栽培で野菜を作るっていうのは、とても難しいことで、いわゆる規格外じゃない品を栽培するっていうことは簡単なことではないんだよね。自然栽培において、農作物を作るっていうのは、実は副産物で、土づくりがメインにあるんだよっていう考え方が自分たちの中にはあります。 土を作ることで野菜の恵みをいただくっていうのは自然栽培の根幹にあると思っていて。

自分たちの畑はどのような土のレベルなのか、土づくりはどれぐらい進んでるかを知る。そして、その状態に合わせて作物を選ばなくちゃいけない。

土を作る時には麦とか大豆をベースに始めるんだけど、そこから次に作りやすい作物として、大根とか人参のような根菜がある。

人参については、自然栽培のレジェンド的農家の高橋さんっていう方が千葉にいるんだけど、その方から話を聞いて感銘を受けていたり、この辺だと淀江とかが人参の産地だったりするから、「よし、自分も人参を作ってみよう」と、ちょっとずつ試験的に、家庭菜園みたいなレベルでやり始めたのが最初だよね。

で、いろんな野菜作る中で、人参は結構向いてるかもとか、 結構おもろいかも、みたいなふうに感じてきた。

ただ、人参農家として人参を出荷するとなると、難しい。

自分が米農家をしながら人参を作るってなったときに、どこまで人参農家として魂が込められるかって言ったら、どうしても片手間になっちゃう。だったら、 人参を栽培することで土を作るんだけど、それを廃棄せずに、なんとか世の中に届けるやり方ってないんだろうかと考えた時に、あ、そうだ、ジュースあるなって。

人参ジュースにしようなんて最初は思ってなかったんだけど、それだったら、ほとんどのものをロスしないで、加工品として届けることができて、農家としても嬉しいし、それがジュースになれば、みんな喜んでくれるんじゃないかっていう視点かな。一部形や大きさがいいものは、人参としてほしいって言ってくださる方のとこに届けてるっていう感じ。なるべくロスのないように。

H

なるほど、そういういきさつでスタートした人参栽培だったんだね。

そして今では丸瀬家の定番商品に。

今年の人参も8月の種まきから約半年、今年2月には無事収穫を終えられたね!

M

今年は、約2トンの人参さんを掘り取り、洗浄、出荷したぞー!その後、新潟で加工してもらって、無事おいしいおいしい人参ジュースになって戻ってきました!

去年は発送して新潟に到着したら、何とカビで加工できないって、、全量破棄したけんね。トホホ。収穫時期や発送環境によって人参や菌たちのコンディションは想定外の事の反応がある。まだまだ新米農家を痛感。今年のジュースは痛みと喜びがひとしお。泣

H

そんな想いがたっぷり詰まったジュース、是非たくさんの方に飲んでもらいたいね。人参ジュースのファンが増えて欲しいな!

そしてこの人参栽培のサイクルはどうなっていくのかな。

M

そうだね、収穫と同時に種採りもしていて、毎年収穫するうちの50本から100本程度を母本として選んで、翌年の種にする。1回収穫して、形を見て、よさそうなものを集めて畑の隅に植え直して育てる っていう感じ。何気に約10年継いでいるっていう。こういう農家のあまり表に見えないけど超重要な自家採種の取り組みについては改めてインタビューよろしく!

H

OK!笑

で、その種がまた8月にまかれて、サイクルがずっと続いていくということだね。

M

年々この土地に馴染んだ種になってくれているはず。

H

すばらしいね。まさにオリジナルの人参。

丸瀬家の人参ジュースはお店やオンライン商店で販売中です。ぜひご賞味ください!

お店「食べれる森シュトレン」ができるまで

こんにちは。丸瀬家スタッフ菱谷です。

今回は、米子市の大山の麓にある丸瀬家のお店「食べれる森シュトレン」について、どのような経緯で作られたのか、まるちゃんこと代表丸瀬にインタビューした内容をお伝えしたいと思います。

話し手 丸瀬(以下M)

聞き手 菱谷(丸瀬家スタッフ 以下H)

H

最近は、お店を不定期でオープンしてカフェ営業などをしている状況だけれど、そもそもどんな経緯でお店を構えることになったのかなっていうことを聞かせてもらえたら。時期はいつ頃のことだったのかな?

M

時期はコロナ前だね、夏だったね。

H

てことは、2019年だね。

どうしてここにお店を構えることに?

M

ここは「元牛舎」だったんだけど、色々な使い方に元々改装していて、農機具入れたり、ネギを作ってたから、ネギを出荷する場所だったりっていうような感じで、簡易的に建物の改修には関わっていた経緯はあって。

H

うんうん。

H

お店としてちゃんと構えるために、改修を始めたのは、結婚した頃。

由香里が料理する人だし、お菓子焼く人だし、提供するような場所にもできたらいいっていうのが、結婚したことで新たに生まれて。

ここをなんとかしたいな、っていうのはずっとあったけど、何がいいかというのは考え中で、元々建築のこととかに興味あったから、解体屋さんとか、大工さんとか、いろんな人たちとの繋がりがあって、動き出したって感じかな。

で、土壁の存在が身近になってきた。

解体された土壁って産廃で捨てられちゃうんだ、っていうことも知った。左官屋さんとか大工さんたちからしたら、いや、もったいないよこんないい土が、っていう話とかも聞いて、地元の左官屋さんが指導に来てくれるようにもなり、じゃあうちらも土壁作りをやってみよう、と。

以前からネギの出荷調整作業とかを福祉作業所の子たちとやってたから、そのご縁で土壁の作業も一緒にやって。

細かい作業はできないけど、みんな手で塗ればいいからさ、 土を練るとか、稲わらを切るとか、水を撒くとか。

解体屋さんも捨てるお金が浮くから、廃棄になるものを持ってきてくれる。

持ってきてくれた土にはいろんなガラが入ってるからさ、ガラスの破片とか。それを振るう作業をして、ある程度綺麗になった土に新しく稲藁と水を混ぜて、練って置いとこう、と。で、発酵したら、じゃあ、来月から塗るか、っていうのをずっとやっていたっていう感じかな。

で、気づいたら、こんな立派な土壁に。

H

すごいね、いろんな繋がり。福祉作業所の方も一緒に作業して、すてきだな。

M

できることとできないことはそれぞれあるけど、できることをやれる場として、いい感じにこのフィールドはあったんだよね。本当に、人の縁だよね。

H

うんうん、そしてお店としての形が完成して、開けるような場になったと。

M

そうだね。秋の収穫祭を毎年開催したり、フリーマーケットや上映会、音楽会や、洋服の展示会も開催してこれたね。不定期だけどカフェをオープンしてお菓子や料理を提供したり。

今後はもうちょっと地域に開けた場所にできたらいいな。

ここをお散歩される地域の方たちが、ふらっと通りがかりに、とか、高校生がデートに、みたいな。

H

まだまだ、発展途上の場所っていうことだよね、常に変化を繰り返してきてて今もその渦中にあるね。

そういえば、店名の由来は?

M

「食べれる森シュトレン」っていう名前はね、町に住んでる人たちからしたら、この辺にはもう十分緑はあるし豊かだねっていう風になるのかもしれないけど、自分からしたら、もっと木を植えてあげたいなっていうのがあり。

で、じゃあ、植える木は何にするのってなると、やっぱり食べれるものがいいよねって。

手を加えた分だけ食べれる喜びがあるっていうかさ。そのサイクルが、飲食店としても恵みをいただけるっていう。

で、「シュトレン」っていうのは、この壁。

土壁を白く塗ったこの壁が、ふと由香里の焼くお菓子のシュトレンに似てるっていうところから、いいね!となって。で、生まれたのが「食べれる森シュトレン」という店名。

H

へぇ~!

M

持続可能な食べれる森の形は、これからも模索していきながら、食事もしていくっていうのも、ま、由来かな。もう、ずっと長い時間をかけて育っていく場所みたいなイメージかな。

H

来てくださるお客さんや関わってくださる方々と共に育てていけたらいいね。